【えんをつなぐメッセージ】酒井道子さん/2月11日


酒井さんとの出会いは、
2012年に、ドーンセンターで開催された
東北女性の手仕事物産展『どーんと東北!』でした。

福島県浪江町で震災を経験された酒井さんは、
手づくりのビーズ作品を出展され、
訪れる方々と交流し、
経験や思い、願いなど大切なことを共有されていらっしゃいました。

私はボランティアスタッフとして会場にいて、
酒井さんが手づくりされたビーズのネックレスをはじめ、
ほかの方々が思いと願いをこめて手づくりしたいとおしいものを見ながら、
いろいろお話をしました。

写真は、酒井さんが手づくりされた思いと願いがこもったネックレスです。
私の大切な宝物です。


当時、酒井さんはこのようなことをお話になられていました。

「物も、人を選ぶと思います」
「つくって、手渡したら、それで終わりじゃないと思っています。
つくった物はつくり手を映すから。
このアクセサリーを身に付けた人が、
今度わたしと会った時、もし私が笑っていなかったら・・・
そのアクセサリーも、くもっちゃいます。
だから、笑っていられるように。
そういうふうに生きたいと思っています」と。

まだお会いしたのは2度ほどしかありませんが、
お手紙やメールなどでもやりとりさせていただいています。

もう、むかしからつながっているような、
そんな感じのする・・・私の大切な人です。

酒井さんが2015年2月11日に、
震災からまもなく4年を前に書き綴られた文章・・・
これを読んだ時、その当時の酒井さん、今の酒井さん・・・
思いを馳せました。精一杯、想像しました。

ほかの方とも共有できたらと思い、
酒井さんにご快諾いただいて、文章を掲載させていただきます。


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毎月11日はいつも震災の月命日と思い~。

自分事で最近気がついたのですが、生活も落ち着き始め~震災の渦中から少し外れてきたのか~津波で流された色々な事思い出すとグーっっと以前より胸が締め付けられます。

震災後時よりも。

先日、神奈川で暮らす娘にもうすぐ二十歳になるから~小さい頃を思い出したと言われて写メで何枚か送ってほしいと言われて~二年ぶりぐらいに津波から出てきた写真を見ました。

何枚かを、手に取ったらグーっっと胸が締め付けられてその場で声を出して泣いてしまった。結局娘には送れず。

当時~たくさん写真は出てきた方だと担当の方に言われ喜んでいた。その当時は塩害でやられていたけど~きれいに出てきた方だと思ってた。

今、あらためてみるとやっぱり無残。正直こんなにひどかったかと思ってしまった。ショック。

その当時は、亡くなった方々も周りに多かったし、一枚一枚手作業で写真を洗浄して私の手元に戻ってくるように動いてくれたボランティアの方々の事を考えたら感謝しかなかった。私も気が張っていて~出てきただけでも充分って思ったんだろう。

時間が経過するにつれ乗り越えた部分もたくさんある。けど、乗り越えられない小さな部分が大きくえぐりとられているんだなー。って。

もっと私は自分自身が(もう大丈夫と)復興していると思っていた。それはつもりだった。

自分で流された物とか考えないように避けているんだよね。線と言うか壁と言うか震災に対して自分の心の縁を越えて自分でも入って行けないもう一人の自分がいるのがわかる。

生活は時間が解決して一つ一つ前に進んでいるけど。

この文章を書いていて避けるとか、壁の漢字には辛いと言う部首がある事にも気がついた。

乗り越える事は辛い事。だけど越えた時に渦中だった頃の自分がきっと見える。

これからが心の復興。形だけの復興より時間はかかる。

また、数年後の自分に問いかけてみたいと思う。

今、自分が見えていますか?と。


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